016「カブトムシ」

「久しぶりだね。どうしてたの?」
顔を上げると彼女が立っていた。
「まぁね。色々とさ。逃げてたよ。」
彼女の顔を見て私は少し気が楽になった。
「好きにすればいいじゃない。」
彼女はいつも僕に言っていた言葉を投げかけた。
「そうだね。そうだよね。どうだい?そっちは。」
少し元気が出た僕は聞いてみた。
「割と慣れてきたよ。」
彼女は頬を赤くさせて少し笑顔になった。
「なんかさ。こっちもだいぶこの世界に慣れてきちゃったよ。でもね。つらい時や悲しいときはやっぱり君に会いたくなるんだ。」
そう言って遠くを見ると、カブトムシの格好をしたおじさんが歩いているのが見えた。
なんだありゃ、としばらく見ていたのだが、彼女と話をしていたのを思い出し、彼女の方に顔を向けるともう誰もいなかった。
少しため息をつき、遠くで小刻みに動くそのカブトムシにまた目をやった。
「そっか。まだまだ世界は美しいんだね。まだまだ僕は大丈夫かね。」
そう呟くと、どこからか
「キミなら大丈夫だよ。」
と聞こえた。
「この記憶も忘れていくんだね。」
カブトムシの格好をしたおじさんは羽を広げたが、飛ぶ気はないようだった。
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# by chadoarai | 2018-03-23 23:31 | しがらみ

015「帰路」

「しまったな。さっきのが終電だったのか。」
私はとりあえず途方に暮れてみたが、実際は大して途方に暮れてはいなかった。
「ローカル線は早いのね。まぁ、いいや。駅から実家までは歩いて一時間くらい。少し歩こう。」
久々に地元に帰ってきて、みんなと飲んだ。その結果、終電を逃してしまった。
幸い私は酔っていたので、気分が良かった。終電を逃しても一時間くらいで歩いて帰れる範囲ならば酔いを覚ましがてら歩こうと思った。
学生時代以来の道だった。とはいえ、学生時代は自転車。今は歩きで、しかも夜。お酒の力がなければとても帰れないだろう。それでも私は少し浮かれていた。
「っふふ。零下を下回っているって聞いたけど、涼しいものね。」
私は歩きながら先ほどの飲み会のことを思い出していた。
中学校の同級会だった。みんな地元で就職をしていて、学生時代に比べて大人になっているかと思ったが、何一つ変わっていなかった。都会で暮らしている私は、この日のために翌日の仕事を休み、帰ってきた。宿泊は実家に泊まれば問題ないし、場所も実家から離れていたが、電車で行けば飲める。それだけ今日の同級会は参加したかった。
「半分は既婚者だったなぁ。まぁ、彼はまだ結婚してなかったけど。」
当時、私が好意を持っていた彼も会に参加していたのだが、彼もまた当時と比べて何一つ変わっていなかった。
「もし付き合ってたらどうなってたかなぁ。」
今となってはそんな未来も想像してしまっていた。
「みんな幸せそうね。」
夜風に当たりながら歩いているととても清々しく感じた。もっとも、会の終わりでベロベロに酔っていて、その場でリバースしていたからでもあるだろう。
「吐くと違うわ。清々しい。みんな笑ってはいたけど、引いてたかな。」
私は少し心配になったが
「いいのよ。みんなは幸せなんだから。」
と自分に言い聞かせた。
そんなわけだから途中の記憶がおぼろげだった。
「誰かを口説いたな。誰だっけ。まぁ、いいか。」
ひたすら帰路に向かう。
「最後、誰か私を介抱してくれてたけど、誰だったけか。」
ふと思い出したが、誰だかが思い出せない。
「名前なんだっけ。」
何となく顔が出てきたが、名前が出てこない。
「思い出せないや。まぁ、当然か。今日の同級会は隣のクラスの同級会だったんだから。」
そうこう考えてるうちに、雪がちらついてきた。
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# by chadoarai | 2018-01-30 22:07 | しがらみ

014「訪問者」

朝になると雨は止んでいた。夜通し降っていたと思われるが、ベランダに干しておいた洗濯物はどうなっているだろうか。
起き上がろうとしたが、まだ頭が痛いし、まだ熱がある。
「まいったな。やっぱ風邪だな。」
一晩寝れば治ると思っていたが、まだ少しクラクラする。昨日眠りについたのが遅かったためかまだ治っていないようだ。このボロアパートの二階からでは雨の音と共に風の音も聞こえていたのであまり寝付けなかった。
「今日が休みで良かった。一日寝ていよう。」
そう思い、そのまま布団に入っていた。
ベランダの洗濯物はまた洗えばいいさ。そう自分に言い聞かせてそのまま眠りについた。
どれくらい経っただろうか。ガチャガチャとドアノブをいじる音で目がさめた。
「え…?誰…?」
私は飛び起きてドアの方を見た。ドアノブがガチャガチャと動いている。
「え、何これ。怖い怖い。」
女性の一人暮らしでこのシチュエーションはなかなかの怖さだ。
と次の瞬間、ドンドンドンとドアを叩く音が聞こえた。
「え、何何!?」
ドンドンとドアを叩く音は鳴り止まない。
どちら様ですかと聞こうと思ったが、声が出ない。
恐る恐るドアに近づいてみる。大丈夫鍵は開けてこないさ。のぞき穴から犯人を見てやろうと思った。私は少しワクワクした気持ちもあった。
私が近づくと、ドアを叩く音が止まった。気付かれたか?
私はなんとかバレてはいけないと思い、ニャ〜と猫の鳴き真似をした。
するとドアの向こうから
「猫か?」
と男性の声が返ってきた。
相手は男だ。何者だ?声に聞き覚えはない。しかし少ないながらも情報を得たぞ。徐々に相手が何者かあぶり出していこう。
「猫なのか?」
ドアの向こうの男が聞いてきたので私は
「猫です。」
と答えた。うっかりしゃべってしまったことに「しまった」と思った瞬間
「人間か?」
と男は聞いてきた。
「猫です。にゃー。猫ですにゃー。」
私はとっさに答えた。
「にゃー。猫ですにゃー。」
と付け加えた。
しばらく男は黙っていた。
そうだ。何者か覗き込むなら今がチャンスと思い、覗き穴に顔を近づけようとした瞬間
「犬ではないのか?」
と男が聞いてきた。
急な質問にびっくりした私は少し仰け反ってしまい、瞬時に
「犬ではないですにゃー。」
と答えた。
一瞬頭が混乱して、自分でも犬なのか猫なのかわからなくなり
「違うワン。」
と付け加えてしまった。
しまったと思い、沈黙していると
「ここの部屋は猫か…。」
とつぶやく男の声が聞こえてきた。
どういうことだろうと少し考えていたが、考えてる場合ではないとのぞき穴を覗いてみた。
しかしそこには誰もいなかった。
恐る恐るドアを少し開け、隙間から見たが誰もいない。
アパートの長廊下を野良猫がとぼとぼと歩いていく後ろ姿が見えた。
「なんだ。猫か。」
私はホッとしてベッドに戻った。
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# by chadoarai | 2018-01-22 21:45 | しがらみ

013「コンビニ」

今の仕事を辞めると言った時に、理由を聞かれ、“海が見たいから”と言った。みんなキョトンとしていた。深い理由なんてなかったし、なぜ辞めるのかと聞かれたその時に海見に行きたいなぁと思ったから答えただけだ。
さて、なんとなく辞めてみたがどうしようか。
「とりあえず求人情報誌でも眺めて考えようか。」
そう思い、私は求人情報誌を探しにコンビニに立ち寄った。
「いらっしゃいませぇ。」
ここのコンビニの店員さんは挨拶がしっかりしている。それに比べて昨日夕方に寄ったコンビニの店員ときたら実にやる気を感じられなかった。まぁ、やりたくもないのなら仕方ないのだろう。
とりあえず店内も回るかと、お酒のコーナーを見ると地ビールが売られていた。
「あ、何これ美味しそう。」
コンビニでビールを買ってから、出際に雑誌コーナーをちらっと見た。
「あ…。」
立ち止まり、漫画雑誌を手に取った。漫画雑誌の表紙にはグラビアアイドルがこちらを見て微笑んでいる。どこかで見たことのある子だった。
思い出そうと、しばらく漫画雑誌の表紙を眺めていると
「それね、俺の娘なんだ。」
と隣にいたおじさんが話しかけてきた。
なるほど。自分の娘が雑誌に載ったのが嬉しくてつい話しかけてきたのだな。
「へぇ〜。モデルさんやってるんですか?」
おじさんに聞いてみた。
「俺かい?」
そのおじさんの返答で、私は瞬時に「あ、この人は会話がかみ合わないタイプの人だ」と思ったが、話を振ってしまった手前、一応絡んでおこうと思い
「あ、いや、娘さんが。」
と、普通に返した。
するとおじさんは少し暗い顔をして
「血は繋がってないけどな。」
と小声で言った。
あ、これ面倒臭いパターンだわと思いながらも
「へ〜。そうなんですか。」
と軽くあしらった。
「あの時な…。俺もこんな性格だからな…。」
おじさんは何か語りそうな雰囲気だったのだが、私は雑誌を棚に戻してその場を離れようとした。
「え、買わんの?」
おじさんが驚いたように言った。私が一瞬止まると
「表紙の子、可愛いよねぇ。うん。可愛いわぁ。」
とおじさんが自分の娘だという表紙の子をやたらと褒めてきた。
面倒臭いパターンになるのは避けたいと思い私は雑誌を手に取り
「じゃぁ、これ買います。」
とおじさんに言った。
「へへへ、レジはあっちだぜ。」
こいつ面倒臭い奴だなと思いレジに向かった。
レジで並んでいる間もおじさんはキョロキョロこちらを確認していた。おそらく本当に私が買うのか疑っているのだろう。
雑誌を買い、おじさんとは目を合わせないように私は出口へ向かった。
「ありがとうございましたぁ。」
もはや印象の良かった店員さんの声も、あの面倒臭いおじさんの声に聞こえた。
家に帰って、ビールを開けた。
「もう。無駄な買い物をしてしまったなぁ。でもこのグラビアアイドル、私も見覚えあるんだよなぁ。」
ビールを飲みながら雑誌をパラパラめくると、高校の頃に読んだ漫画がまだ掲載されていた。
「へ〜。この漫画の人、まだ描いてるんだ。」
ビールを一口飲んだ瞬間パッと思い出した。
「あ、そうだ。この子、高校の時に同じ学年にいたな。名前なんだっけ。」
なんとなくモヤモヤしていたものが晴れた感じがした。
「ということはさっきのおじさんはあの子のお父さん?」
なんとなくどうでもいい気がしたが、少し納得がいったというか、なるほどねと思った。
「てことはこの子も私と同じ32歳かぁ。若く見えるなぁ。名前なんだっけなぁ。」
ビールを飲み干してから、求人情報誌を探すのを忘れていたことを思い出した。
「あぁ、忘れてた。まぁ、いいや。」
どうでもよくなり久しく漫画を読んでみたが、今でも変わらずに面白い漫画だった。
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# by chadoarai | 2018-01-21 22:53 | しがらみ

012「ワイン」

どれくらい時間が経ったのだろうか。ずっとワイン樽の中で彼の帰りを待っていた。
彼の誕生日にサプライズを計画していたのだが、一向に彼が帰ってこない。
計画内容は、彼が帰ってきたところでワイン樽の中から急に出てきて脅かすという古典的なものだった。
なぜワイン樽なのか。それはワイン樽がたまたまそこにあったのでなんとなく思いついただけ。なぜ道の脇にワイン樽があったのかよくわからない。仮に理由があったとしても、そんなことはどうでもいい。今はひたすらこのワイン樽の中で彼の帰りを待つ。
ワイン樽の底には少しワインが残っていた。体育座りだとお尻が濡れてしまうので、お尻をつけないように座っていたのだが、だんだん足が痛くなってきた。
「私がワインの味がわかる女ならそのワインで酔い、足の痛みなんて忘れられるのになぁ。」
そう思っていると、足音が聞こえてきた。
彼が帰ってきたのかと思い、確認しようとしたがこのワイン樽には穴がなかった。
「まいったな。どうしよう。」
蓋を開けようかと思ったが、違ったら面倒だ。いや、この足音は彼のものだ。いや、どうだろう。
考えていると、声が聞こえてきた。なんと言っているかわからないがそれは彼の声だった。
間違いない。よし今だと思ったその時、彼ともう一人女性の声が聞こえた。
私はしばらくワイン樽の中に入っていた。
二人の声は実に楽しそうに、笑いながらどんどんと遠ざかっていく。
辺りは何も聞こえず、シーンと静かになった。
ワイン樽の底に溜まったワインを両手で救い、飲んでみた。
「なんだ。うまいじゃないか。」
私はどんどんと底のワインを飲んでいった。
それが人生で初めてのワインだった。
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# by chadoarai | 2018-01-20 23:59 | しがらみ