生きていた。

やっとのことで原稿のデータも完成し、頼まれていたウェルカムボードのイラストのデータも完成したので、家から車を30分ほど走らせたところにある温泉の大湯へと行った。脱衣所と湯船のみのでつげ義春の世界に出てきそうな温泉で、よく行く温泉のひとつでもある。しばらく入っていると、70代くらいのおじいちゃんと40代くらいの男性の親子が入ってきた。
世間話を少し交わし、さてそろそろ上がるかと着替えている最中に吐き気のような感覚に襲われた。さほど長湯をしたつもりなかったのだが、どうものぼせてしまったらしく、着替えをしている最中に気を失ってしまった。「大丈夫ですか?大丈夫ですか?」というさっきの40代くらいの男性の声に目覚めた。何が起きたかわからなかった。どうも頭も強打していたらしい。殴られたような痛みを感じる。「大丈夫です。いぁ〜のぼせてしまったみたいで。」と必死で正気を装い、ありがとうございましたと礼を言い、大湯を後にした。
帰っても痛みは引かず、すぐに完成した作品のデータをメールで送り、布団に入った。正直怖くなっていた。頭を打ったのだ。もしこれで起きたら首より下が動かなくなっていたらどうしようか。昏睡状態にでもおちってしまったらどうしようか。とてつもない不安に襲われた。
もし漫画が描けなくなったら。もし絵が描けなくなったら。色々考えたが、もしそうなった場合、先ほど送った原稿とウェルカムボードが自身の“遺作”になるのだろうな、とふと思った。
あの原稿とウェルカムボードは“遺作”にふさわかったのか。手は抜いてなかったか。
去年の年末にHeeleesの水橋謙氏と「常に遺作を作る感じで作品を作る」という話をした。自身が急な事故でこの世を去った場合、その直前に作ったものが強制的に遺作になってしまう。だから常に作品作りには全身全霊を込めると言う話だ。それがまさに今起ころうとしている。
あの原稿とウェルカムボードはそういう話を聞いた直後でもあり、幸い納得のいくものにはなっていた。大丈夫だ。結果寝て起きたら、多少は痛みは引いていた。
とはいえ今回のことでその意識はより一層高まった気がする。
周りからすれば大袈裟なのだろうけど、今回死ぬのかもしれないと思った。五年ほど前にホタテで食中毒になった時以来だ。思えばあれも年明け直後だった。そうなった時、まだり残していることがたくさんあると思った。死にたくないと思った。生きてて良かったと思った。今回もそう思った。フリーーパーもまだ作ってない。連載もしていない。コミックも出してない。結婚もしていない。もう一件頼まれてたラストも打ち合わせすらしていない等々…。
とても大袈裟だが、今回も生き延びた。次になった時はすんなりと悔いの残らないよう、今のうちにやりたいことはやっておかなければ。次はいつ死に直面するかわからないわけだし。大袈裟だけどね。身近には自分以上にもっと死と隣り合わせで生活している人だっているのにね。
これは昨日の出来事。今朝の段階で大丈夫そうだと思い今日一日作業していたのだが、やはりぶつけたと思われるところに違和感がある。頭だしちょっと心配だから明日はちゃんと病院へ行ってみよう。人には過剰なほど心配するのに、自分の心配はそっちのけ。自己管理をもっとしなきゃ。
あ、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

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by chadoarai | 2016-01-07 23:18 | 日常 | Comments(0)

漫画家、荒井瑞貴の瑞貴(原作)の方の日々の雑記。 araimizuki25@gmail.com
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